奪われるという感覚こそ、幻想だ!

存在自体がレッドカード 言葉のファンタジスタまゆみです。

いま、コーヒー豆(今日はマンダリン)を買いに出かけたのだけど、移動中に言葉がでてきて、それをツイッターで忘れない内につぶやき、(最近ツイッターも生かすことにした)

それを記事にしようと、テラス席に座ったところ。

昔、そんなに接点はなかった父方のおじいちゃんが、よくこう言っていた。

「知識は誰にも奪われることがない」と

でもずっと違和感があった・・・一部は納得なのだが・・・

なんなんだろうと思った。

そうだ、「奪われる」という前提が違和感だったのだ!!!

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奪われる・・・という感覚こそ幻想だ!



そう・・・奪われるという感覚こそ幻想。

支配者・組織が根底に持っている不足のエネルギー、不安のエネルギーがうみだした幻想なんだ。

支配するものにとって、不安をあおり、不足を煽ることはコントロールするに容易い。

だから、不安をあおる。不足していると思わせる。

果たして本当にそうなのだろうか。

そもそも、与えられた命は完璧である。

与えられた環境も、与えられた性質もすべて完璧にあなたのために用意された。

そして、もしも自分から時間を奪うものがいるのならば、自分でそのものと会うのをやめればいい。

ただ、それだけだ。

自分の命ある時間を、どうするのかはあなたの選択にすべて委ねられている。

だれも強制していない。

強制させられていると思っているのなら、それはあなたがそれが楽だから、都合がいいから選んでいるだけ。

つまり、手中にあるのだよ。全ては。


それに気がつくと、権力者は、コントロールができなくなるから、さらに不安を煽るかもしれない。

または、自分の家族や友人が、そんなことやめなよ無謀だよ危険だよ危ないよ

というかもしれない。

で、自分はどうしたいのか?そして何を選ぶのか。

ただ、それだけなんだ。

意思を持って選ぶ。

奪われるものは何もない。

知識なら、喜びが広がるし

お金だって、たくさんの人を喜ばせたり自分を喜ばせたりすることができる

経験であればそれが次の糧となる。

生まれた時点、奪われるものは何もない。

そういうことを、熱く思ったので言葉にした。

やはり文章も好きだ、わたしは。力強さがカタチになる。

そして言葉というのは、非常に力がある。

自分の言葉に力を持つには、簡単だ。

自分の本音で生きることだ。

本音で生きれば、自分の言葉と行動が一体になる。

そうすると、自ずと言葉に力が宿る。

小手先のスキルなんてどうでもいいんだよ。

自分の言葉をもて!!!

どう思われてもいいと、腹をくくれ!!!

革命は、自分が生み出すものだとこころえよ!

はっきりいう。

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