ご先祖様・命のつながりを感じるお盆への感謝と手放し

今回のお盆

いつも以上にわたしにとって素晴らしいものでした。

それはこんな気づきがあったから。

どんな気づきがあったかということ、こんなこと。




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姪っ子ちゃんが何をやっても可愛すぎることからの気づき


今回8歳になった姪っ子ちゃん。

わたしは、この歳に母を亡くしたわけだけど、こんなにちっちゃかったのかーって思った。

それと、とにかく可愛くて、可愛くて、何をしても可愛くて仕方がなかった。

いつも楽しそう。

何をしても楽しそう。

ほんとうに私たちの先生。

彼女のことを愛おしく思った。

家族みんなが笑顔になり、最後は花火をして遊んで、父まで少年のようになっていた。

みんな元気でありがたい・・・

そして翌朝、トイレにいってほっとした瞬間、ふと思った。

ああ、そうか。わたしも私が可愛がる姪っ子ちゃんのような存在だったんだな。

何をしても可愛い

何をしても愛おしい

生まれてくれてありがとうという存在

わたしも父や叔母や叔父からみたら、そんな存在。

ご先祖さまからみたら、よう小坪家に生まれてきてくれた!可愛いのう・・・っていう存在。

ああ、なんてありがたく、祝福に満ちた存在なんだろう。

そんなエネルギーをわたしはずっといただいてきたんだなあ〜

そう思った。

そして、目上の人を大切にするのは、自分のご先祖さまを大切にする行為と等しいと思う。

だから、ありがとう。

ご先祖様、そして、父や母、兄やその家族と出会わせてくれてありがとう!

そういう気持ちになった。

こんなに深く感じたお盆は初めてだったかもしれない。

今回いつも以上に率先してお墓まいりの準備をし、迎え盆の準備をした。お経も唱えた。

それは、本当に感謝を伝えたいし、ご先祖様のことを感じたいっていう想いがあったからそうした。

そうしたら、こうして、こんなことを感じる機会になった。

誰ひとりとして、自分だけで生まれてきた人はいない。


たくさんの連鎖、たくさんの奇跡の鎖の中に生まれたかけがえのない存在。

こうして、いまここにいること、それだけで私は愛しい存在。

そう思えた。リアルにそう感じれた。

こうして明日は送り盆なわけだけれど、このお盆の期間に、たくさんインスピレーションをいただいたり、

ひらめきや、ふと思いつくことになぜ理由がないのか

こんなアイデアが受かんできたので、すぐ形にしてみた。

「ミカエルくん、世界を旅する」プロジェクト始動♫

インスタライブだって初めての試みだった。

こうして、お盆の夜はふけていく。

今日はちょうど満月だったから、さきほど自分の中でこの感謝とは別に自分の中にあった、素直になれなかった心や、嫉妬心や、すねや、こじらせた想いを、書き出して塗香を紙にかけて、それから燃やした。

すごくすっきりしたよ。

毎日生まれ変わり、毎日新しく生きる。

今日の気づきを手放し、また新しく生まれ変わる。

今日という日に感謝。

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