すべては、起きるべくして起きている。

昨日ぼんやり、晴れた空をみながらお素麺を食べていた。

そして、考えていた・・・

母が死んだとき、そのあとずっとお空をみて、

死んだらどこにいくんだろう?

お空にいるんだろうな、死ぬってどういうことなんだろう・・・

そんなことを考えるきっかけだったなあと。

それで、母という人は、私のためにいてくれたひとなんだなあ

って、あたりまえだけど、そう思ったら涙がばーーってっでてきた。

お素麺食べながら号泣。

まったくよく泣くひとだ。




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すべては、導かれるため


すべての出来事は、導かれるために起きる。

あれは、いま思うと、

こうして、死んだらどうなるかか、そういうことを考えるきっかけだったなあと

それから中学に上がってから、仏教のことに詳しい友人ができて、

この世は修行なんだ!って思って、

高校のときは、毎日お仏壇に手を合わせていた。

高校のとき、いろんな後押しをよく感じたものだった。

あれは、わたしじゃない何かが助けてくれているという感覚。

ただ、またいま考えると、修行っていうとすっごく苦しいものである、という思い込みがあって

この世は苦しいものだ、それを乗り越えてこそ修行だと思っていた気がする。

でもいまは?

他の誰かの一言に、ゆさぶられ、ぶれぶれだったり

恐怖をベースに語られる言葉に、不信感をもった。

恐れや不安から、行動なんてしたくない。

喜びで行動したい。わたしは。

それで人生を変えたい。もしも自分がこの世の想像主なら、わたしが信じた世界をいってみたい。

そう思うようになった。

全ては、起きるように起きてるんだなあ・・・そんなことを思った。


今日も、稲穂がさわさわ揺れている。木々も草も、一緒にゆらいでいる。

幸せな一体感。

すべては、起きるべくして起きている。


母がこの世からいなくなるという出来事がなければ、そこまで死んだ世界のことなんて、考えなかった。

あなたの身に起きた衝撃的な出来事さえも、

すべてあなたのために起きている。

きっとそう思える時がくる。

だから安心してほしい。

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