本当の意味の自己犠牲って?

あつい・・・

蒸し暑い・・・・

ねむい・・

いま、自分の仕事をまとめているんだけれど

なんども推敲してる。

自分がすっきりとして、そしてこれならきっといい!そう思えるものを作ってるところ

合間に気分転換でつらつらと今、頭の中にあるものを書いてみる。答えもない内容。




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自己犠牲とは



自己犠牲とはなんなのだろう。

無慈悲に生きようと私はいってるわけではない。

本当のブッダのする自己犠牲ってどういうことなのだろうか。

この自己犠牲の意味を間違えると、誰かの人生の中で偽りだらけの人生を生きることになる。

だからこの自己犠牲という意味を、もっと理解したい。

ブッダが言ったように、手塚治虫「ブッダ」

常に自分の行動に対して、見つめ直すことは必要だ。

自己犠牲とは、無理やりするものでもない。

自ずから溢れるものだ。

自己犠牲という言葉で、自分の本音を偽るくらいならやらないほうがいい。

なんちゃって自己犠牲は、きもい。だったら素直な本音を聞いていた方がずっと気分がいい。

本当の本音はまずしっかり見つめることは必要な気がする。

誰かのために時間を作るのも、ある意味自己犠牲。

ただしもちろん自分がコミットしてする自覚があることは大切。

でないと、誰かの時間を奪っていることにも無自覚になってしまう。

だから、とてもとても人と人が会うっていうことは魂と魂の響きあう貴重な時間。

お役に立ちたいと思うような人とあなたは会いましたか?



せめて近くにいたい。

お手伝いしたい。

その方がより発揮できるようにサポートさせていただきたい

自分にできることは何かあれば差し出したい

そう思う方はいますか?

それって、たぶん。

その方の命の輝きの純度が高いとそう思う気がする。

ブッタだってそうでしょう。

鹿さんやワニさんまでも、命を差し出すほどに、この人を死なせてはいけないと身を投げ出すんです。

それは喜びだと思う。

弱肉強食というけれど、これは偏った思い込みで、

昔お世話になった風水の先生がこうおっしゃっていた。

(気がつくと私の周り、まじ修行したひと多いな・・・この方は小さい頃から滝行などあらゆる修行をされていた)

「虎が獲物を食べた瞬間。その獲物は本当は恍惚とするそうですよ」

それって、なんだろう。

たぶん命の循環のサイクルの一部として役割をになった時は、恍惚となるのかもしれない。

そこには弱いものが強いものに成り上がるとかでもなくて、

命の循環・・・・紡ぐものと紡がれるもの。

そういうことなのかもしれない。上下でもない。同じ命の循環。

だから、私たちが常識だと思っていたことは、いつだって崩れ去る可能性がある。

本当にそうなのか?

本当に自分にとっての真実なのか?

その見極めは自分でしていい。自分の今の意見を採用していい。

あなたは誰かのお役に立ちたいと思う人はいますか?

いただいたものが多くて、それをお返ししたいと思える人はいますか?

そういう人に出会えるって、とても幸せなことだと思う。

手塚治虫「ブッダ」

・・・・・

数日前可愛いと眺めていたまるまるしたスズメちゃんは、スズメでなくモズでした・・・w

今日、花をいけ直していたら、脱皮したばかりのかまきりちゃんがいました。

百日草がまた新しく咲いていました。

命は生まれてる。息づいている。

そんなあたり前のことに、毎日感動している。

芳しいかおりを放つ花に、尊さを覚える。


桐谷健太さんの「海の声」が本当によい・・・最近リフレインで聞いております・・・。

あ、いま、図書カード探してた瞬間にきた答えは

自己犠牲とは、自然の成り行き

ってきた。

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