平和と悲しき現実について

お釈迦さんの言葉で、こんな言葉がある。今朝はこのことばのことを思ったので、のせようと思う。

全てがあなたにちょうどいい。

父母も子も

夫も妻も兄弟も。

上司も部下も友人も

全てがあなたに

ちょうどいい。




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平和と悲しき現実について



昨日はひとつもやもやしていることがあって、そのことについて、考えていた。

自分にとって心地よいことを選択する。

自分の喜びを選択する。

でも、世の中にはたくさんの戦争や争い、悲惨な出来事がある。

そこを知らないことは、罪。無知の罪ではないかと友人から遠回しに言われているような気がしていた。

確かに、無視はできない。

ただ、わたしはそういう現実を目の当たりにすると、吐き気がしてしまう。

修学旅行で、広島原爆の体験談を聞いていた時も、座っていられなくなり貧血を起こし退出したこともある。(普段ものすごい健康です)。

私の感性では、耐えられないのだ。そのバイブレーションに同調しすぎてしまう自分をどうしたものかと思っていた。

で昨日、かつて大学院を卒業したあと、平和研究をし現地でも活動したことのある友人に相談していた。

現実を直視できない自分を自身で裁いていた。



解決せぬ問題、山ほどあるだろう。そこで平和の研究を行い、さらには声の探求をした声の芸術家相川陽介氏だったらどうするか、脳内コミュニケーションをしてみた。


そんな脳内やりとりをしていたら、突然降ってきた!!



そう。やはり自分自身の内側を内観することなんだと。本質を見抜く力を持たなければ意味がない。



何が正解、何が正しいという話ではない。わたしは、わたしの目の前の現実を変えて、生きていく。知る。そして物事の本質を観る力をつける。私の役割に集中する。

聖人にはなれない。ただ、三次元の目の前に出会うひととともに、生きる。わたしはそれを選んでいく。

もしも新しい未来があるとしたら、私は先に走り希望の一筋になれるよう進むことを自分は望み選ぶ。

それが私の生きる道。

お釈迦さまのことばをもう一度最後に。



全てがあなたにちょうどいい。

父母も子も

夫も妻も兄弟も。

上司も部下も友人も

全てがあなたに

ちょうどいい。

考える、思考する。自分を内観し、広い視野を持つ。静観しつつ私は私の役割を全うする。

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