何かをしようとしない。ピカソの絵、昨日の自分を振り返る

昨夜、0時に帰宅。

今朝もテラスで庭を見ながら食事。

スズメが忍者みたいにやってきては去って行く。

昨日歯医者で、麻酔が切れない前にランチを食べたら唇の内側を噛みまくって血だらけだった。笑

今日もとりとめもないことを書いてみる。




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ピカソの絵には純粋な歓びがある


(国立西洋美術館の天井。可愛い)

もっとも生涯に描いた絵が多いと言われるピカソ(油絵13500点、版画10万点、挿絵34000点、彫刻・陶器300点を制作)

昨日のキュアリズムの展示で、あ!この絵いい!と思うとピカソだった。

なんでだろう?と思ったら、子どものような純真さのような楽しさが絵にのっている気がする。調べてみると晩年毎日描く絵が異なるほどだったそうで、とにかくどんな絵が生まれてくるんだろう!と本人もワクワクしていたのではないか?その日その瞬間に生まれるものを純粋に楽しめる。

オトナになっても、子どものような無垢な自分であれれば最高だ。

(今日は口内の傷を刺激しないように、小さい口でも食べられるようパンを細長にカット。父は芝の草取り)

表現力には呼吸。●●しようとしない。



昨日のKバレエカンパニーの公開レッスンで、中村祥子さんがキッズにレッスンを見学した。

「単調に硬いイメージにならないようにするには、かならず呼吸をして。呼吸をすると自然に身体が表現してくれる」

みたいなことをいっていた。

「勢いで回ろうとしないで、自然に回るからむしろ着地を優しく。ひとつひとつしっかり魅せて」

などなど。

「手を先に決めて、行く方向には身体もしっかり向ける」

何かダンスだけでなく全てにおいての共通点がある気がする。ヴォイストレーニングでもそうだ。
自分の声をきく、そしてヴォイストレーニングは、ブレストレーニングでもある。
声に向き合うと、自分の人生・在り方に気がつく。ヴォイストレーニングで本質に迫る。

いかに力みをぬくか。

また、後半の宮尾俊太郎さんのレッスンでは、次回作のシンデレラの公開レッスンだったので、細かな表現力についての指導をされていた。

どのように女性をエスコートし、どのように安心させるか、細かな手の動きや、視線。本当に優雅かつ男性としての包容力を美しく表現できるように指導されていた。

昨日は、うほうほと興奮しすぎたが、やはり豊かな表現力にうっとりした。



磨かれる美しさと、何も色を加えない粗野な純真性。私はどちらにも惹かれる。


だから、何かになろうとしたり、何かをしようとしたりする必要はないのではないか、そんなことを今朝は思った。

何かしようとすると、力みがでる。

力みもまた、それはそれで愛おしいけれど、疲れる!結果的に本人が。力みなくなにかをなすのが理想。
それはやはり、遊び心だろうか。

ピカソが幼少の頃からの天才的な描写力を手に入れてから、晩年ようやっと無垢に描けるようになったと言っていたそうだから、固定観念や思い込みや常識を外すことの方が大切だ。

だからこそ、その瞬間に生き、ただ在る自分を表現できたらよいのに、と思う。腑に落ちて、リラックスできて自分にとって心地よい選択。

●●しようとしない。純真性の中にいる、すっと呼吸しているような 表現をわたしもできるようになりたい。

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