自分のタブー(常識)を超えていけ!

自分の常識を超えていけない皆様。

まずは、わたし自身が先に、私にもあるタブーだと思うことをさらけ出してみようと思う。

友人には話す。でもここでは話していないと思っていることを話して自分のタブーを解放してみることにする。

なぜなら自分のタブーを超えた先に、行きたいから。たぶん、人にとってはどうでもいいことが、本人にとっては見えない壁になっている。




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わたし、媚びてました。


(一切媚びないニャンコ先生のようであれ!)

わたし、まず読者の皆様に媚びてるなあと。

ただ単純に喜び全開の記事もあれば、これいい!と勧めたい記事もあれば、まあ色々試行錯誤の2年。

もっともっと、私の純度を高めたい。これが魂の望みだから。

ただ、共感してくれたら嬉しいって、他者に評価を委ねてることになる。でも正直人間だからうれしいよ、そりゃ。

とはいうものの、自分自身が共感して共振すればいいよね。

今日は帰りの電車で、それを一人紐解いてみた。なぜわたしは共感してもらいたがるのか?

認められたいの裏には、親の承認欲求。そして、迷惑をかけてはいけないという思い込み


私は父に褒められたい。喜ばれたい。いい娘だと思って欲しいという想いがあった。

母は8歳の時に他界。

周りからしっかりしてるわねーと、言われ続け、父が母の分まで愛情を注いでくれた。その背中をみてきた。

が、それと同時にしっかりしなければならないというプレッシャーを勝手に浴びて生きてきた。

でも、魂は、本音は、3歳児の気持ちで無邪気に生きたい!喜びのままにはしゃぎ生きたい!!だ。

心のままに生きたら、周りに迷惑がかかるという思い込み。だって望むのはいつだって、ぶっとび系だから。

迷惑をかけてもいいのに!

認めてほしい!褒めてほしい!ジタバタ!

自分のエネルギーが高まる意見を採用する


そして、つい最近。山梨に一度引っ越しを決め父と話している時、一か月くらいロスに行きたいという話をすると、父大激怒!

「何のために行くんだ!?お前は、母親にも父親にも似ていない。お前は一体なんなんだ!公務員になれといったのに、言うことを聞かないから、言う通りに生きさせたからこんな風になったんだ!行くなら一生帰ってこないつもりで行け!!そのうち北朝鮮に行くんだな。行くならもうサヨウナラだ!」

などなど、色々妄想を言われた。

北朝鮮って飛躍しすぎ!!文章にすると笑えるが、まあまあドラマティックな文言とその場の深刻なエネルギーにその夜は気が重くなった。私はダメな娘というレッテルがつらい。が、それが私なのなら諦めるしかない。笑。でも自分は間違っているんじゃないかと、その夜少々凹んだ。

おかしいな、私的にはさらっと空気感じに行って、帰ってくるだけの話なのにな。なぜにこんな展開になる。ただ行くだけやーん!行きたいに理由なんかない。


(美しい光。天皇は毎朝鏡をみて、自霊拝をしているそう)

とはいえ、本当は自分のエネルギーが下がる話は採用しなければいいだけ。例え両親だとしても。

自分は何者かは自分で決める決めるのは他者ではない。自分自身だ。自分自身の気持ちを最優先せよ!私は自分の魂を信じてすすみたい。

あー、しかしわたしって熱いね!真面目。悲しいくらい真面目。ま、いっか。天下の高田純次さんも、素は真面目だというし、質がそうなのならば、これもまた諦めよう。

父には喜んでほしい。でも、私の心が望むものは、いつだって心のままに生き、喜びの中で生きること。その喜びは私が私の魂が知ってる。



借金は情けない!という思い込み


ちなみに、仕事の支払いサイクルが遅くて今月超ピンチになり、父に10万かりました。とはいっても、すぐ返せます。

お金を借りるなんて、この歳になって情けないと思うよな、でもまあしょうがない。情けないことという思い込みがある。

これ私、公の場でいうの躊躇があったー!だから、書きました。タブーを超えて、不要な常識を超えていくためにも。

っていうか、じゃあ世界のAmazonだってずっと赤字だったしね。借り入れって信頼だから、何も恐れることはないのにね。

でも、怖かったです。だからぶっちゃけました。

悲しみを感じる力が戻った時に、その箱は開かれる。だから、おめでとうを自分に言う。


回想

母が死んだとき、それからずっと抱きしめられたい!っていう叶わない願望をずっと持っていた。でも、母親が死んだ時、私はお葬式で泣かなかった。強く生きなきゃいけないって思ってたから。みんなで頑張ろうって、父と兄に病院の階段で言ったらしい。

バカだよね。子どもらしく泣きじゃくればよかったけど、まるで自分の五感が失われたような、世界にあの時閉じ込められたような、それでいて自分を達観しているような変な感じにあの時なった。

空虚。そう、空虚を小学3年生で感じたのだ。悲しみを感じないように蓋をしたのだ。小さな体では耐えきれないから。母はお空にいる。そう信じていたけれど人肌を感じられないのは事実だ。今となっては、その感情を表現力を身につけたと言えるが、当時はどうしたらいいのか分からず大人になっても空虚感を感じていた。

今この瞬間、大粒の涙が流れている。なぜって、ようやく乗り越える準備ができたんだと思えたからだ。パンドラの箱が空いた。今思いっきり悲しかったことを感じであげよう。自分自身のために。

それでも今幸せだと言える


でも、それはそれ。

わたしは、何かがあろうと無かろうと幸せ。

今日もいい気分で幸せだった。以上

それを毎瞬、今、ここで更新していくだけ。


Enjoy your surf!自分の人生の波乗りを楽しもう。

これは、自分自身へのエールでもある。

まだまだ浮上してくるだろう思い込みを、一つ一つ外していく。

今日一日も終わろうとしている。

では、サルーテ!(乾杯)

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